現代忍者の基礎知識① 忍者文字

 忍者を好きな方の多くは、研究や調査よりも、どうしたら忍者になれる? 現代で忍者っぽいことをするにはどのような方法がある? といったことに興味関心があるのではと思うのですが、「忍びの館」では、これまでそうした関心には応えきれていませんでした。

 そこで! 現代を生きる忍者ないし忍者になりたい人に向けた、”これだけは知っておきたい知識”をまとめたいと思います。もちろん、ただの基本情報だけ紹介してもつまらないので、「忍びの館」なりに深掘りしながら、解説したいと思います。

 

忍者の文字とは

 忍者の文字といえば、『万川集海』に載る「忍びいろは」です。漢字の偏として「木」「火」「土」「金」「氵(水)」「亻(人)」「身」、旁(つくり)として「色」「青」「横」「赤」「白」「黒」「紫」の7通り×7通り=49通りの組み合わせを用いて、48字の「いろは」を表現するというものです。

「当家流ノ隠書 大秘事口伝」が、いわゆる「忍びいろは」。右上から、いろはにほへと……と見なされている(国立公文書館所蔵『万川集海3』20コマ)

 そもそも「忍びいろは」という命名が正しいのか? とか、「いろはに……」の順番と解釈するのが本当に正しいのか? などの疑問があるわけですが、そういった話題は後にして、まずは「忍びいろは」を入力できるフォント「忍びいろはゴシックGSR」をご紹介します。こちら、フリーで使用することができます。

かつて忍者が使った暗号とされる忍びいろはのフォントです。山口正之が解釈し、白土三平が採用した読み方を採用しています。ゴシック体です。ウェイトはレギュラーです。トゥルータイプです。自家製フォント工房さんの源真ゴシックを元にしており、SIL Open Font License 1.1 のもとで使用することができます。平仮名・片仮名で入力できます。

(忍びいろはゴシックGSR

booth.pm

 しかしながら、当然こちらのフォントがインストールされているPC上でしか再現できません。フォントを持っていない仲間には、画像へ変換してから送らなければならないのです。

 そこで、Unicodeで表現できる文字の中から、一般的なブラウザで表現できるものはそのまま、表現不可の文字は偏とつくりの2字使用するかたちで、テキストデータでの表現を達成した素敵なサービスがあります。それが「忍びいろは通信」です。

iroha.koneta.org

 たとえば「あ」は「𣘸」と1字で表現できますが、「お」は「亻⾚」と2字になります。この制作については、作者のトミール氏が、下記で詳しく解説されているのでご覧ください。なお、記事中で参照されている「忍びいろは」フォントの「Nishiki-teki+01 Shinobi Iroha」は、2023年現在は入手不可のようです。

e8y.net

 このサービスが作られたのは2016年のことですが、その6年後、2022年9月13日に公開されたUnicode 15.0において、なんとすべての「忍びいろは」の字母を表現できるようになったのだそうです。

note.com

 したがって、あとはフォントやブラウザさえ対応すれば、すべての「忍びいろは」を1字で表現することができます。「亻⾚」のような、やや無理のある表現をすることなく、忍びいろはでストレスフリーにメールやチャットができる時代は、もう目の前まで迫っています。

 

「忍びいろは」は、本当に「いろは」順なのか

 しかし、上の『万川集海』の画像を見ていただいてもわかるように、「忍びいろは」の解釈が「右上から、いろはに…」であることは、明記されていません。実はこのページには続きがあります。

国立公文書館所蔵『万川集海3』21コマ

国立公文書館所蔵『万川集海3』22コマ

 こちらの21~22コマにも「忍びいろは」が見えるわけですが、並び順は異なります。この2つを繋げて発見を成し遂げたのが山口正之氏でした。著書『忍者の生活』で、次のように述べています。

さてこの四十九の記号は、何を意味するのであろうか。忍書「万川集海」には大事として、そしこれは口伝であるとしるして解読のいとぐちを語らない。著者はこの記号四十九に、まず日本語のアルファベットである「いろは」を配当してみた。最後の一つを残して全部埋まる。そこで残った一つに、文章表現に必要である「。、」を配したのである。「あいうえお」を配当せずして、ことさらに「いろは」をとったのは理由がある。(中略)この暗号を実際に用いた文書の記録例が、今のところ見当らないので、果して正解であるかどうかが判明しないのは残念である。ところが「万川集海」の同じ巻の五に「言葉通ずる貝の約の事」というくだりで、ホラ貝の吹き方で味方同志が言葉を通ずる暗号の秘伝を述べたところに、この暗号が、上のような序列記載されている。(中略)この応用例によって、忍びいろはの解読も大きな誤りもなかろうかと思うしだいである。

(山口正之『忍者の生活』雄山閣出版、1963年、119~121頁)

 山口氏の「上のような序列記載」とは、次の図のことです。

山口正之『忍者の生活』(雄山閣出版、1963年、120~121頁)より

 どうでしょうか。一番上で掲げた『万川集海3』20コマの並びに、右上から「いろはに……」と仮に当てはめてみて、そのうえで次のページである21~22コマを見ると、「あいうえお……」の順に並んでいることが分かり、山口氏の仮説が正しいことが分かるのです。この「忍びいろは」も、山口氏の命名によると思われますが、上述の通りなので、妥当かつ良いネーミングなのではと思います。

 ちなみに山口氏が『忍者の生活』で呈している2,3の疑問や誤り、『万川集海』の最下段にある「甲乙丙丁……」については、吉丸雄哉「兵学書と忍術書における座標型の換字式暗号」(山田雄司編『忍者学大全』東京大学出版会、2023年)にて詳しく解説されているので、ぜひご覧ください。

 

「忍びいろは」以外の忍者文字

 さて、「忍びいろは」以外にも、「これは忍者の文字なのではないか」とされるものがあるので、最後に触れておきましょう。それは「神代文字」です。

神代文字」とは、中国から漢字が入ってくる日本の有史以前に、日本独自で使用されていたとされる、五十音に相当する文字。漢字が入ってからは使用されなくなったが、実はこの文字の知識を、古代から受け継いでいた人々がいた。それが忍者だ。忍者は、戦国・江戸時代において、「神代文字」をほとんどの人が理解できなくなっていたことを逆手に取り、仲間内でしか読めない暗号として使用していた――。などと俗に言われています。

 文章にするだけで、すでにインチキ感が半端ないのですが、驚くべきことに忍者の里・伊賀市では、「神代文字」を忍者文字として、観光振興(?)に活用しています。 

 リンクは貼りませんが、街中の忍者関連施設に「神代文字」表記を併記したり、「神代文字」のフリーフォントを作って配布したり、更には『忍者文字学習帖』なる「神代文字」をなぞって覚えるドリルまで作りました(どこまで本気で、どこからネタかは分かりません)。しかしながら、すでに多くの方が指摘しているように、神代文字」は江戸時代の創作物であり、「神代文字」っぽい文字が突然出てくる忍術書も無くはないのですが、忍者が暗号で使ったということは無いと見て、間違いないでしょう。

 その他にも、いわゆる「五色米」や、合言葉など、関連事項はありますが、それらはまた別の機会(か、別の方の説明)に譲りたいと思います。