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万川集海は「まんせんしゅうかい」か「ばんせんしゅうかい」か

 『萬川集海』(以下、万川集海)は、延宝7年に藤林保武によって編纂されたという忍術伝書で、最も有名な忍術伝書である。その巻数は22に及び、類書の中でも最大級の内容を誇る。好事家にも広く知られていた『万川集海』の読みは、ながらく、「ばんせんしゅうかい」であった。誠秀堂より刊行された「万川集海」の現代語訳本は「ばんせんしゅうかい」と訓(よ)んでいる。しかし数年前より「まんせんしゅうかい」のみが普及し始め、現在ではこちらの方がメジャーとなった感がある。すでに読者の中でも、BよりMの方が馴染み深いという方が多いだろう。そして2015年、国書刊行会より発刊された初の全巻現代語訳本『完本 万川集海』(中島篤巳訳)における訓みがMであったことで決定的となった。同年末のNHK歴史秘話ヒストリア」で『万川集海』が紹介された際、そこに振られたルビはMであり、「まんせんしゅうかい」というみは、もはや通説になったと言っても過言ではない。

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服部正成の父の謎

 「歴史上の忍者の名前を1つ挙げて欲しい」

 こう問われると、「服部半蔵」の名前を挙げる人も多いだろう。

 ご存知、服部半蔵正成である。彼は徳川家康の家臣で、「徳川十六神将」にも数えられ、”忍者である”とはちょっと言えそうにない存在だ。ところで、この半蔵正成の父親の名前を、ご存知だろうか。

 読者の多くの方が、「服部半蔵保長」と思ったのではないだろうか。1代目半蔵(半三)が保長、2代目が正成、3代目が読みが同じ正就(まさなり)、と一般的に認識されている。これは江戸時代後期に編纂された幕府旗本の家系図集『寛政重修諸家譜』によるもので、この本にそう、書かれている。しかし半蔵正成の子孫は幕府の旗本ではない。3代目正就は伊賀者頭をクビになり、子どもたちは親戚を頼って諸藩に召し抱えられたからである。実は『寛政重修諸家譜』に載る服部半蔵家の家系図は、保長の長男・保俊の子孫が提出した家系図に強く影響されている。

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忍者とはなにか

忍者の定義

 サイトの補助的な意味も含めて、今回より”忍者”について、書いていきたい。第1回目として書くにあたり、まずその”忍者”の定義について述べておかなければならないだろう。

 ここでは、「諜報・破壊活動を専らとして行う、主として伊賀・甲賀出身の者」と考えることにする。江戸期以降は、特に忍術を継承している者を忍者と考える。

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